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Author:染太郎

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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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お江戸散歩
足の向くまま、ぶらりとお江戸散歩に出かけてみることに。

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竹林の風情を味わい歩くと、ここは?海雲寺とあります。

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(説明板によると)
本堂は明治20年(1887)に建立され、山門は江戸城内の紅葉山から
移転したといわれる由緒ある建造物です。

当寺は、江月山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は釈迦如来坐像です。

慶長16年(1611)8月、江戸八丁堀(現中央区八丁堀)の地を拝領
して開創されました。
その後、寛永12年(1635)に御用地となったので同年5月、浅草八
軒寺町(現台東区寿町)の地に移転し、明治43年(1910)、区画整
理のため現在地に移転しました。

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開山は、上野国(現群馬県)甘楽郡菅原村陽雲寺の天徳寛隆で開基は
渓谷(けいこく)院殿月山窓雲大童子(細川越中守子息)です。

現在は彗越派または海雲寺派と称される曹洞宗の一派をなしています。

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本堂の左手の御堂には木食上人像が安置され、境内の観音像には、寛政
10年(1798)の銘と「武州多摩郡田はた村内せき口大場源左衛門」の
造立者名が見られます。

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屋根上に伸びる松が境内の外からもよく見える。

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少し歩くと、天桂寺。

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(説明板によると)
月光山天桂寺は曹洞宗の寺で、聖(しょう)観音像を本尊とし、正徳
3年(1713)銘の地蔵菩薩も安置されています。

開創は慶長年間(1596~1614)と伝えられ、小田原北条氏の家臣岡部
忠吉が氏祖岡部六弥太忠澄を勧請開基として一庵を建てたのが始まりと
いわれています。

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その後、寛永10年(1633)頃、忠吉の子で旧田端村の領主となった
幕府旗本岡部吉正が、中野成願(じょうがん)寺6世鉄叟雄(てつそう
ゆうさく)和尚を請し、開山として再開基となり、伽藍を整え、当寺の
基を開きました。

また、延宝3年(1675)吉正の孫岡部忠豊が葬られて以来、岡部家の
葬地となりました。

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杉並の地名は、この岡部氏が青梅街道沿いに植えた杉並木に由来する
といわれ、墓地には岡部家歴代の墓があります。

また、浮世絵師嶺斎泉里(りょうさいせんり)が描いた「岡部六弥太
忠澄武者絵」は当寺の寺宝となっています。

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境内にある寛文4年(1664)銘の聖観音石像は俗に「庚申(こうしん)
観音」と呼ばれる珍しい石仏です。

当寺は、安政3年(1856)大暴風にあって、建物はすべて倒壊し、記録
什宝類も破損腐朽してしまいました。
現本堂は約60年後の大正12年に建立したものです。

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しばし歩くと公園。

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落ち葉模様は秋の終りを告げる。

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岡本正規 作陶展
有田屋さんに寄ると、[ギャラリーARITAYA]で、岡本正規作陶展が開
かれていました。

鉄釉らくだ文様大壺
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祈り
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灰釉一輪花入
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笛を吹く猫
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食器もたくさん。
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空を見上げて
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「嘆きの天使」の写真が撮影もれで残念。
本日(27日)で終了しました。

碓氷焼 鷺宮窯
  安中市鷺宮1745
  Tel:027(385)9590


九十九の晩秋
九十九川が合流して、中宿を流れる碓氷川。
板鼻堰取水口から、農業用水が分岐する。

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九十九地区最高峰、天竺尾根(増田山)

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後閑地区から望む天竺尾根(左)、茶臼山(右)?。

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後閑城から望む天竺尾根、浅間山は雲の中。

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天竺尾根にあった旧法蔵寺から眺めの良さが推測される。

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市民展
第36回市民展を先日見学しました。

郷土資料展 

市が所有している古文書で未解読の文書を現代文にして歴史の解明に
協力している団体。興味深い発見もあるとか。

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目を引かれます。

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造形美術展

秋の叙勲で黄綬褒章を受章された、自性寺焼の青木先生の作品も拝見し
ました。

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市民展 明日(27日)15:00まで
    安中体育館(旧安高体育館)



日没
日没後もしばらく、日暮れが続きます。
妙義山が近くにそびえ立っているからでしょう。
                       16:33
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群青に染まっていく山並み。

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竹細工教室②
学習の森での竹細工教室3日目、私は前回休みなので2日目。

次回完成予定(初回は11/11

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今回制作しているのは「箕」、来年の十二支は「巳」(み)。

先生の作品を見せていただきました。

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眼光が七変化するという、近代的な「巳」。

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竹とは思えない、芸術作品です。

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安中城址ふれあい朝市
安中城址ふれあい朝市(11/23)

朝小雨でしたが、第2回の今年もたくさんの来城(場)により賑わいました。

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皆さんの「詰め技」の美技!、感心の一言。

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ホットなコーヒー&ココア、季節にピッタリ!

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「八重たん」と「小梅ちゃん」のツーショット、初?お披露目。
紹介の司会者も興奮気味のアナウンス。

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これからは、赤と緑のクリスマスの季節。金のリースも豪華。(MISAWA)

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磯部千兵衛(煎餅)、安中城大名小路に直参でござる。
さらに豪華な、3ショット。

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東北各地から新鮮な海産物が、直行便で安中へ。

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閉店近くにさんまは、1匹10円に大安売り小雨に涙ながら完売。

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今では有名店の板鼻館も出店。

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ネーミングに、なにかな?

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4等の賞品に乗って帰る、凱旋パレード。

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おいしそうなので、思わず買ってしまいました。

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NHKの方が取材されていて、12月4日に放送される?とのこと。
(変更のため追記)
12月5日(水)午後6:40 「ホットぐんま640」の番組中です。



安中藩江戸上屋敷跡
安中藩江戸上屋敷は、明治以降どうなったのでしょうか?(11/19)

私の手?いいえ。

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ボールを見ると地球で、日本列島もしっかりと。

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台座には、「日本野球発祥の地」とあります。

碑文には
この地には、もと東京大学およびその前身の開成学校があった。
1872(明治5)年学制施行当初、第一大学区第一番中学と呼ばれた
同校でアメリカ人教師ホーレス・ウィルソン氏(1843~1927)が学科の
傍ら生徒達に野球を教えた。
この野球は翌73年に新校舎とともに立派な運動場が整備されると、本
格的な試合ができるまでに成長した。
これが、「日本の野球の始り」といわれている。
76年初夏に京浜在住のアメリカ人チームと国際試合をした記録も残って
いる。
ウィルソン氏はアメリカ合衆国メイン州ゴーラム出身、志願して南北戦
争に従軍した後、71年9月にサンフランシスコで日本政府と契約し、
来日。
77年7月東京大学が発足した後に満期解約、帰国した。
同氏が教えた野球は、開成学校から同校の予科だった東京英語学校(後
に大学予備門、第一高等学校)その他の学校へ伝わり、やがて全国的に
広まっていった。
2003年、同氏は野球伝来の功労者として野球殿堂入りした。
まさにこの地は「日本野球発祥の地」である。
     2003年12月 [財]野球体育博物館

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風格ある入口は、歴史の流れを感じさせてくれます。

学者大名と言われた板倉勝明や、教育の先駆者新島襄を輩出した安中藩
の跡地において、新時代明治の教育にかかわる歴史が始まっていること
は、意義深い。

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我が国の大学発祥地 (碑文より)

当学士会館の現在の所在地は我が国の大学発祥地である。
すなわち、明治十年(1877)4月12日に神田錦町3丁目に在った東京
開成学校と神田和泉町から本郷元富士町に移転していた東京医学校が合
併し、東京大学が創立された。
創立当初は法学部・理学部・文学部・医学部・の4学部を以て編制され、
法学部・理学部・文学部の校舎は神田錦町3丁目の当地に設けられてい
た。
明治18年(1885)法学部には文学部中の政治学及び理財学科が移され
法政学部と改称され、また理学部の一部を分割した工芸学部が置かれた。
このようにして東京大学は徐々に充実され明治18年までに本郷への移
転を完了した。
従って、この地が我が国の大学発祥地すなわち東京大学発祥の地という
事になる。 (中略)
明治19年7月創立の学士会は以上の9大学の卒業生を以て組織され、
その事業の一つとして、当学士会館を建設し、その経営に当たっている。
        平成3年(1991)11月 学士会


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隣のビルの周囲は、石のオブジェ?ここも安中藩かそれとも隣の屋敷か?

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この石は、何かの遺構でしょうか?

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石製水路?

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これは、近代芸術の作品のようです。

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小学館に寄ってみると、ドラえもんの電気自動車や、映画のパネルが。

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集英社の壁面は「?」、これが現代の日本文化の象徴「アニメ」か?

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新島襄生誕の地
新島襄は安中藩江戸上屋敷で生まれた、その地に建つ碑。(11/19)

神保町駅(地下鉄メトロ)「A9」出口、目の前。
と言うガイド仲間の言葉に、一度行きたいと思っていた場所に、来てみました。

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地下通路をしばらく歩き、「A9」出口から地上へ、信号を渡ると学士会館。

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緑の植え込みの中に、静かに建っていました。朝の小雨で読みやすい。

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新島襄先生 生誕地記念の碑  (説明パネルには)

京都同志社の創立者新島襄先生は1843年(天保14年)上州安中藩主板倉
伊豫守の江戸藩邸に誕生せられた。
先生は幕末における国家多難の際、わが国の前途をうれいキリスト教の信仰と
海外事情研究を志して21才(1864年)函館より密かに脱国、米国に渡航
し新英州キリスト教文化の根本を体得せられた。
母国日本の隆盛をはかるためには、単に法律、政治、経済の改革のみによって
達せられるものではなく、人民の一人一人が「知識あり品位あり自ら立ち、自
ら治め」うるものであり「良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)」となる
ことによって、その目的を達しうるものであることを痛感せられた。
留学10年、1874年(明治7年)帰朝、翌75年11月29日、京都に同
志社を建てキリスト教をもって徳育の基本とした教育のためにその生涯を捧げ
られた。
この碑は、新島襄先生生誕百年を記念して建てられたが、神田錦町出身の偉大
な先覚者をしのび、この解説を掲示するものである。

昭和40年11月  同志社創立90周年を記念して
          錦町3丁目町会 錦華小学校 小川小学校

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学士会館でランチを食べて、さあ江戸城へ歩いて登城といきましょう。

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信号を渡った角に大きな灯篭?

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都会なのに小庭園に石造物があり、ほっとします。

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旅姿?

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日本橋川にかかる「一ツ橋」を渡る。

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左手を見ると高速道路の下に、ひっそりと江戸時代がたたずむ。

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一橋徳川家、屋敷跡 (説明板より)

一橋徳川家は、寛保元年(1741)徳川八代将軍吉宗の第四子宗伊(むね
ただ)が江戸城一橋門内に屋敷を与えられたことがはじまりである。

一橋家・田安家・清水家は御三卿と呼ばれ、御三卿は将軍家に世継ぎが
なく、御三家(尾張・紀伊・水戸)にも将軍となりうる該当者がいない
場合に将軍を送り込める家柄で、十万石の格式をもち、直属の家臣団を
持たず、将軍の身内として待遇された。

当家は、二世治済(はるさだ)の長男家斉(いえなり)が十一代将軍と
なり、水戸家より入った一橋九世が徳川最後の十五代将軍徳川慶喜(よ
しのぶ)であり、御三卿の中でも幕政に深く関わった。

敷地は広大で、この一角のほか気象庁・大手町合同庁舎付近まで及んで
いた。

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平川門が近くに。

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東御苑・三の丸尚蔵館
月曜・金曜は休み、天皇誕生日以外の休日は開館し、月曜開館の場合は
翌日休館。
三の丸尚蔵館は展示替えの為、11月23日(金・祝)から開館。

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今日19日(月)は休日なので、後日のお楽しみ。

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竹橋駅(地下鉄メトロ)から帰りました。

學士会館
  千代田区神田錦町3-28
  Tel:03-3292-0882


浅間山
橋を渡っていると、雪の浅間山がくっきり。

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