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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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安中城址(4)
中山道安中宿内、大手坂の木戸を抜け坂を登ると町口門。

町口門で番所役人の許可を得て安中城内に入った所が家老屋敷、西方は武家屋
敷や奉行役宅が左右に並ぶ大名小路。

DSC05359b.jpg

北へ、広小路を歩いて行くと。

DSC05360b.jpg

右角に、太鼓櫓(やぐら)跡が。

左は、大手門入口に向かう巾広い大路。

  江戸時代の安政の遠足(とおあし)では、ここから太鼓の合図でスタート
  し、町口門から城外へでて中山道を碓氷峠の熊野権現まで走った 。
   遠足関連ブログは(5/13)(5/14)(5/18

DSC05275b.jpg

朽ちた看板一つ。城はムリだろうが、シンボルとして太鼓櫓を再建できないか?。

その理由は、「安中名物」のこの太鼓。

DSC05274c.jpg

安中には次のような言い伝えが残っている。

「安中に過ぎたるたるものが三つある
 其の一 藩主板倉勝明候
 其の二 安中の杉並木
 其の三 安中様のお太鼓」

DSC05340b.jpg

この太鼓は「安中様のお太鼓」と親しまれ、天和元年(1681)の安中藩主板倉
重形の時代から「時を告げる太鼓」として使われていたもの。

伝説では、かつては十五里離れた熊谷の土手まで聞こえたのだが、張り替えに
出した時に太鼓の中の金の鎌を抜かれたので前ほど響かなくなったとのこと。

明治以降は安中小学校で「校時を告げる太鼓」として用いられてきた。

昭和48(1973)年に張替えられ、その時の胴の中の記録によると文久3
(1863)年と天保9(1838)年に張り替えられている。

過去の張り替えの跡から推定しておおよそ約300年ほど前のものと思われる。

              「安中市の文化財」安中市教育委員会発行より

現在は、学習の森のロビーに展示。いい音色ですよ。

DSC05345b.jpg

学習の森 ふるさと学習館(歴史博物館)の前庭の中央を流れる水路?の掃除中。
藻(も)が増えて、こい緑色のかたまりができたとのこと。
ぴちぴち刎ねる音が。大漁か?小魚(ホソグチ)でした。

「発掘された安中の遺跡」 展示中 9月2日まで

1.7万年前、旧石器時代の石器4点(人見西向原遺跡)を始め、古代人の安中で
の生活が生き生きと眼前に。

学習の森
  
  安中市上間仁田951
  Tel:027-382-7622





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