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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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百合若大臣の足跡石
上州中山道全七宿めぐり(3日目)JR磯部駅~峠の湯(JR横川駅)間(約15km)

昨 日(2日目) JR高崎駅~JR磯部駅間(約19km)板鼻・安中宿
 15日(1日目) JR新町駅~JR高崎駅間(約13km)新町・倉賀野・高崎宿



今日は最終日で、松井田宿と坂本宿がコースに入ります。

松井田宿に行ってみると、「おもてなしポイント」のお休み処「みなとや」で
は既に行列が。
磯部駅から約5kmの地点、次から次へ駅からハイキングの人波。
700人位参加?

江戸時代のにぎわいが、久しぶりに復活!中山道もビックリ?

DSC05854b.jpg

松井田宿は、信州各藩の江戸廻米の中継地となり、米宿と呼ばれた。
大戸道も、牛馬を使った物資の輸送で、賑わったという。
妙義信仰・榛名信仰も人々の往来を活発化した。

松井田宿の本陣は、金井本陣(仲町)と松本本陣(上町)。

松本本陣の裏門は、非常時に御開所となる不動寺への通路。
当時の敷地内には往時の名残をとどめる庭園、井戸、土蔵が残存する。

DSC05856b.jpg

夜泣き地蔵(5/16)と茶釜石(5/15)をすぎて、碓氷神社から御所平信
号を通り、臼井小学校へ。
小山沢橋を渡り横川地内の中山道へ戻ると、右側に石造物の一群がある。

小さな説明板に「百合若大臣(ゆりわかだいじん)の足跡石」とある。

DSC05867b.jpg

その昔、百合若大臣という大男の若者がいて、都から力試しをしながら旅をしていた。
小山沢についた時、ふと川向こうにそびえる、高い山を見つけた。
「よし、あの山の首のあたりを射抜いてみよう」と思いついた。
碓氷川をまたぎ、対岸の横川・西尾の神社のあたりに、足をふんがけた。
そして、大きな弓に長い矢をつがえ、満身の力をこめて射はなった。
矢はうなりをあげてとんでいき、山を射抜いて、ぽっかりと大きな穴をあけた。
更に矢は向こうの村までとんでいき、川の中の岩に突き刺さったという。
驚いた村人は村の名前を「矢川村」(下仁田町)とし、川を「矢川川」と改めた。
その時、後ろの足をふんがけたのが、この石だったということです。

DSC05866b.jpg

この様子を見ていた家来の1人が「よし、わしも負けずにやってみよう」と、こ
んどは腰にぶらさげていた弁当のむすびを一つ、力いっぱいほうり投げた。
むすびはうなりをあげて、大臣の射抜いた山のとなりにあたった。
そして、大臣のものよりすこし小さいが、同じ位の位置にポッカリと穴があいた。
それで今でも二つの穴が、ここから見ると夜空の星のように見える。
そして、この山を星穴岳と呼ぶようになったという。
           「松井田町の文化財」松井田町教育委員会発行より

その時の弓が、妙義神社に奉納されているという。見てみたいものです。




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コメント

700名はおおいねぇ
見たかったですよ。
人であふれる松井田町、、いいね!
[2012/09/17 20:59] URL | 靖幸 #- [ 編集 ]

百合若大臣の足跡石
靖幸様

まさに、足だけがたよりの旅です。
暑くても、長くても歩けば必ず着く。
古道散歩の楽しさを肌で感じるイベントでした。
[2012/09/17 23:08] URL | 染太郎 #- [ 編集 ]


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