カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

染太郎

Author:染太郎

職業:Confiseur    
   ジャム職人

リンク

このブログをリンクに追加する

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

訪問者数

最新記事

検索フォーム

月別アーカイブ

カテゴリ

RSSリンクの表示

最新コメント

最新トラックバック

QRコード

QR

フリーエリア


ジオターゲティング

足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

国衙の伝説
九十九歴史講座 現地散策レポート⑧

国衙の一里塚

高梨子の長松寺方面から朝日団地前に来ると、団地入口。この交差点付近に
「国衙の一里塚」があったという。

九十九史考には、国衙字松原から呼坂にかかる畑中に、周囲約2mばかりで根
元がトンネルになっている1本の老榎(えのき)がある。
これが昔の東山道一里塚です。また国衙と高梨子の境木も兼ねた。とあります。

東山道に中山道のような一里塚があったかどうか?
幹周り2mの榎の大木といえば、熊野神社の榎(8/22)を思い出す。
古墳とか、浅間焼けの軽石の山とも言われたが、朝日団地建設前の遺跡調査
では、なにも出なかったのでしょうか?

地図によると、国衙と高梨子の境は、撮影カメラの立ち位置くらいで近いようです。

DSC07205b.jpg

朝日団地入口から入り下った所の駐車場隣りに、朝日神社跡がある。

DSC07209b.jpg

自性寺

朝日神社の北側に、自性寺があったという。

山号 朝日山 
宗旨 真言宗
本尊 十一面観世音菩薩
本寺 松井田不動寺
開基 寛永元年
開山 正源法師

その後檀徒が少なく、無住になったりし、明治11年戸長役場に使用されたり、
明治40年には、増田の満昌寺に合併された。(九十九史考より)

その時の墓石も残っているという。(植栽に囲まれている)

DSC07208b.jpg

朝日神社跡を、後側(西)から望む。

右の竹林の下は、九十九川。

昔、朝日の春日神社と対岸の下高梨子の田んぼの真ん中に、春日明神という社
があった。ある嵐の夜、春日明神は忽然と姿を消してしまった。
嵐の翌朝、春日神社の桜の大木(朝日桜)のてっぺんに春日明神の金の御弊が
輝いていた。そこで、朝日神社と仲良く合祀した。(九十九史考より)

要約すると、大嵐で九十九川の流路が代わり地続きとなると共に、大破したの
で合祀したようです。
地図を見ると、堂崖と呼ばれると言う崖下は、高梨子の土地になっています。

DSC07210b.jpg

朝日神社跡


関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://bberry1.blog.fc2.com/tb.php/205-6394eb61
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。