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長命酒
九十九歴史講座 現地散策レポート⑨

板倉勝明公が安中志下巻の中で、「酒を醸(かも)する者あり、頗(すこぶ)
る美酒なり、我曾祖父銘をしか授けたり、醸すもの新兵衛といえり」と記した。
 (九十九史考より)

安中志を編纂した板倉勝明の曾祖父は、第12代安中藩主板倉勝暁(かつとし)
で、在位は安永9年~寛政4年(1780~1792)の12年間です。

世の名だたる酒をたしなんだであろうお殿様をして、「頗る美酒なり」と言わ
しめ、戴いた銘は「長命酒」。

一杯呑むほどに、寿命が延びる程の美酒に酔いしれてみたいが、今はない。

DSC07425b.jpg

道路に面していたという、石像。

松井田からの榛名道が国衙から下増田に入る地点にあったのが、上原酒造。

国衙には通称「上の酒屋」といわれる「神戸酒造」と、「下の酒屋」こと「上
原酒造」があった。

昭和6年調査した文書によると、上原新兵衛が明和6年(1769)安中藩主板倉
肥前守勝暁に、醸造した酒を献上したところ、公はその美酒なることを賞でら
れて、「長命酒」という銘を授けた記されている。  (銘酒桝花記より)

明和の頃の新兵衛の醸造酒は60石だったが、明治初期頃には醸造を止めたよ
うです。

DSC07426b.jpg

酒造用井戸があったところ。

直径は大きく、数歩歩かないと向かいに行けなかったという。
近所の井戸が枯れても、水をたたえていたと言うから、深かったのでしょう。

ご主人は、木が大きく育ちサツキなども咲いていたので井戸は埋めてあると
思っていたところ、大雨の日一気に沈んだという。
1ヶ月半かかり埋めたということです。奥さんもビックリ。

DSC07427b.jpg

酒造用の建物だった?ガラスは、波があるので古そうです。

DSC07430b.jpg

今が盛りの秋名菊

DSC07444b.jpg

DSC07435b.jpg

稲荷の側面にOO神とある。

DSC07438b.jpg

ツワブキも満開

DSC07448b.jpg

十三夜を手近な長命酒で、観月の宴といきますか。
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