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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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八城の人形浄瑠璃
連続講座「碓氷郡の信仰世界を読み解く」全4回の

特別公演「八城の人形浄瑠璃」(11/11)

会場:安中市学習の森ふるさと学習館

DSC07930b.jpg

安中市指定重要無形文化財

DSC07936b.jpg

演目 三番叟
   絵本太功記 十段目「尼ヶ崎の段」

あらすじ

織田信長が明智光秀に殺された本能寺の変から、豊臣秀吉が光秀を倒すまで
のドラマチックな13日間を、1日1段として実録風に表現した大作。
「尼ヶ崎の段」は明智光秀が信長を本能寺で討ち、母親や妻のいるところに
帰ってくる場面です。
十段目は「太十」と略して呼ばれるほど繰り返し上演され、物語の見せ場
が多い場面です。

DSC07935b.jpg

武智光秀の母皐月(さつき)は、息子の謀反を恥じ、尼ヶ崎に閑居。
光秀の妻操、息子十次郎、その許嫁の初菊が見舞いにくる。
十次郎は父に従うため討ち死にを覚悟でいとまごいをするが、その心を察した皐
月は十次郎の出陣に先だって初菊と祝言をしてやります。

今宵この家に一夜の宿を求めた旅僧は、真柴久吉の変装で、それを追って来た光
秀は、それを討とうとして誤って皐月を竹槍で刺してしまいます。
そこへ重傷を負った十次郎が戻って敗戦の模様を伝え、父の身を気遣いながら死
んでしまいます。
さすがの光秀も恩愛の情に迫られて号泣します。
おりから久吉が現われ光秀と山崎での一戦を約束して別れる。

武智光秀一家の悲劇を描いた物語です。

DSC07933b.jpg

終了して出演者全員であいさつ、熱演お疲れさまでした。

DSC07938b.jpg

八城人形の由来

今から300年前、碓氷峠や中山道に近かった八城村は、年貢のほかに労働や
馬を提供する村とされ、その重い負担に苦しんでいました。
1699年、むらの代表8人が、幕府に村の救済を直訴します。
しかし村は救われたものの、かれらは所払いの刑に処され二度と村に帰ること
は許されませんでした。
幕府に直訴した八城むら名主・籐右衛門ら14村の義人8人の恩に報いようと
建立された「八塔石紅地蔵尊」の縁日に演じられてきた。
宝永8年(1711)に始まったのが八城人形です。

文楽人形の流れをくむ3人遣いの人形で、あたかも生きているかのごとくに豊
かな情感が表現される。

DSC07932b.jpg

城若座

明治18年、松井田町に疫病が流行りました。
祈祷師の、この村に昔からある人形を動かしたほうがよいとのお告げにより、
忘れられていた人形浄瑠璃を、村の若い者が総動員して再現。
その素晴らしに、今後も八城地区で続けようということになりました。
八城の「城」と「若」を組み合わせて「城若座」となったそうです。
毎年10月に定期公演をしています。
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