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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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八幡八幡宮
15日は七五三、午後の帰り道にお参りしました。

国道18号線から参道があり、大鳥居が赤く目立ちます。

DSC08140b.jpg

鳥居から望む榛名山との関係もうかがえます。

DSC08149b.jpg

角の商店の脇からの道が、鎌倉街道?

(追記)八幡宮参道の御神鐙
    その昔、源義家が奥州征伐の折、八幡宮に祈願の燈明を上げよう
    としたが、燭台が見当たらず馬の鐙(あぶみ)を使用した事から御
    神燈の「燈」の字が「鐙」となっている。 
    パンフレット 「八幡めぐり」(八幡地区地域づくり活動協議会)より

DSC08157b.jpg

灯篭と石造物の語る物語は?

DSC08156b.jpg

大門をくぐると階段。

DSC08165b.jpg

門の東の坂道

DSC08164b.jpg

提灯と鬼瓦が鎮座。

DSC08167b.jpg

鳥居の額には、八幡大御神とある。

DSC08168b.jpg

上野国一社 八幡宮(やわたのはちまんさま)(パネルより)

御由緒概要 

天徳元年(957)、京都石清水八幡宮を勧請す。

当社は古来一国一社の八幡宮として広く尊崇され、永承年間源頼義・義家奥州
征伐のさい戦勝を祈願し社殿を改修、頼朝また社殿を改修し神田百町を寄進す。

明治維新まで別当神徳寺ほか社僧・社家あわせて24家による神仏混淆の神事
を執行す。
維新後神仏分離となり、郷社に列せられ、大戦後は宗教法人の神社となり今日
に至っている。

DSC07855b.jpg

八幡八幡宮の胴丸(高崎市指定重要文化財)

「胴丸」は、胴をひとまわりさせて前後を重ね合わせて着用したもので、歩兵
用の簡易な鎧として形成された。
鎌倉時代以前は主に歩兵が着用したが、鎌倉末期から兜と袖を加えて武将の間
でも広く利用されるようになった。
八幡八幡宮に所蔵されている二領の胴丸は、ともに南北朝時代あるいは室町時
代初期の頃のものと推定されている。

これらの所蔵の経緯の資料がないため詳らかでないが、八幡神は清和源氏が氏
神として崇めたことにより、武人の守護神として広く信仰されていたことから、
この地方の豪族によって奉納されたものとおもわれる。

DSC07856b.jpg

本殿 

天地権現造り、宝暦7年(1757)の建立。天満宮は旧本地堂。
青銅製の燈籠1対は総高5.01mで慶応3年(1867)に奉納されました。
八幡八幡宮の大修復事業完遂記念物です。
大願主は高崎出身の糸繭商で横浜で活躍した野沢屋惣兵衛。
燈籠には高崎、横浜の糸繭商人や養蚕関係者など寄付者の名が刻まれています。

DSC07853b.jpg

20数年前を思い出す。平日の夕方のせいか七五三のお参りの方はいないようです。

DSC07869b.jpg

八幡八幡宮の算額 (群馬県指定重要文化財)

算額は、主に江戸時代和算家が自分の考えた数学の問題と答えなどを書いて寺
社に奉納したもの。

和算は江戸時代に発達した日本独自のの数学で関考和がその先駆けとなった。
上野国への普及は江戸時代中期以降で、優れた和算家を排出した。

ここ八幡宮には、三面の算額がある。

 ①小野良佐栄重と門人奉納の算額(群馬県に現存する約70面の算額中最古の
  もの・文化7年(1810)奉納) 
 
 ②巖井右内重遠と門人奉納の算額(天保5年(1834)奉納)

 ③中曽根真吾宗邡(むねよし)と門人奉納の算額(安政7年(1860)奉納)

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梵鐘も御堂も立派。

DSC08177b.jpg

正面は御神楽殿

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八幡宮大大御神楽 (パネルより)

当八幡宮の御神楽は、現社殿の造営(江戸中期の宝暦7年(1757))に当たり、
それまで中断していたものを、京都神祇管領(じんぎかんれい)に出願し、宝
暦4年(1754)に伝授されて復興したものです。

県下でも有数の御神楽です。

御神楽執行日
1月第二月曜日・4月4日・4月5日・11月3日・12月31日

DSC07861b.jpg

上野国一社 八幡宮(やわたのはちまんさま)
 高崎市八幡町655

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