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目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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簗瀬八幡平の首塚
今日は寒く、関東で午前中に初雪が観測されたようです。
こちらでは一時、小粒の「ひょう」が降りました。

DSC08615b.jpg

竹細工教室の帰りに、安中市指定文化財「簗瀬八幡平の首塚」を訪問。

簗瀬八幡平の首塚

この首塚は、碓氷川北岸の河岸段丘上に位置する旧原市町12号墳(円墳)
の墳丘に幅1m、長さ2mの穴を堀り、およそ150体分の頭蓋骨が埋
めてあったものである。

この首塚は昭和6年3月10日に墓参りに来た小学生によって、偶然発
見された。

DSC08616b.jpg

その後、昭和27年12月に東京大学人類学教室鈴木尚博士によって
調査された。
その結果、古墳の石室の外側に約150個分に相当する頭骨が山と積ま
れ、その上を天明3年(1783)の火山灰が覆っていることが分かった。

不思議なことには頭骨には下顎がなく、四肢骨も発見されないところか
ら多分どこか別の場所に埋葬されていたものをここに仮葬したものと推
定される。

これらの頭骨を人類学的に研究したところ、今の日本人にくらべて長頭・
短顔・広鼻で鼻の付根が低く、中世の日本人の特徴を示している。

これらの人骨には刺創もあるところから考えて、恐らく戦国時代に近く
の城が陥落する際の犠牲者と考えられるが、当時遺体をまとめて埋葬し
たものを、江戸時代中期又はそれ以前に村民によって偶然発見され、こ
こに改葬されたものと思われる。

DSC08618b.jpg

この首塚がいつ誰によって造られたかを示す史料は残されていないが、
永禄4年(1561)に武田信玄がこの付近帯に八幡平陣城を築き、安中城
と松井田城の間を分断した。
当時、松井田城主安中忠政、安中城主安中忠成親子は、箕輪城主長野氏
に属し、武田信玄と戦いを交えていた。

この首塚は安中市の中世を物語る遺跡であり、首塚で出土した人骨は貴
重な人類学上の資料である。 (説明板より)

DSC08624b.jpg

最近では、頭骨は鎌倉時代の人骨に似ているという。
鎌倉時代・墳丘上の墓のキーワードで思い出したのが、松岸寺の佐々木
盛綱の墓(9/25)。
鎌倉出身のガイド仲間によると、最近でも海底から甲冑を身に着けたま
まの人骨が発見されるとか。

DSC08621b.jpg

頭骨は、堂内石像の下の扉の中に、格納されているようです。
出身地は地元の人か、あるいは鎌倉か、新潟か?


隣には、大きな慰霊塔がそびえる。

DSC08619b.jpg

簗瀬八幡平の首塚
  安中市簗瀬753

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