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目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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碓氷郡の神と仏
16日(日)安中市学習の森で連続講座「碓氷郡の信仰世界を読み解く」

第2回「東国における初期五輪塔 - 安中市松岸寺塔造立に至る経緯 -
が開かれました。  講師 磯部淳一氏 (高崎市教育委員会)

松岸寺の五輪塔についての研究の成果を楽しみに参加。

DSC08844b.jpg

佐々木盛綱は越後の反乱を鎮める為磯部を発ったが、その後戻らず佐々
木氏の子孫が磯部氏を名乗り、南北朝の頃まで住んでいたという。

五輪塔は氏の先祖を祭るもので、墓石ではなく年号も書かれなかったが、
松岸寺の五輪塔は墓として使用された最初の五輪塔です。
当初氏族間の姻戚関係で広がったものが、以後周辺地域に広まり、中世
最大数を誇る墓石へと変化する。

佐々木氏はなぜ、磯部に来たか? なぜ戻らなかったか? どこへ?

(松岸寺の五輪塔9/25

DSC08843b.jpg

この企画展の図誌「碓氷郡の神と仏」中に「大日本名蹟図誌」があり、
宝蔵寺が有りました。

DSC08842b.jpg

光輝山明徳院宝蔵寺 天台宗 (4/7)(7/23

本尊 地蔵菩薩

当寺は仁寿(851~853)年間慈覚大師開基にして、大師一刀3体の地蔵
尊を安置せり。
後中絶なして小庵のごときものと成りしを、文禄(1592~1595)年間榮源
法印中興開基となりて諸堂を建立せり。
当寺は中興以前比叡山末となりしが、寛永(1624~1643)年中東叡山末
となれり。

第12回企画展 「碓氷郡の神と仏」 開催中 
  安中市学習の森 2013年2月3日まで

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