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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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長龍寺
曹洞宗万年山長龍寺 (4/29)

DSC00298b.jpg

六地蔵の前の灯ろうの下部には、回転する円盤が着いていてお経が書か
れていたのではという。(心棒の穴?が左右に開いている)

DSC00297b.jpg

DSC00277b.jpg

在宅の新井御住職に本殿内を見せていただきました。

開山 長源寺10世立山宗建大和尚

DSC00282b.jpg

16善神像、養蚕の神様という。

DSC00288b_20130430010226.jpg

最近色が塗られたという」。

DSC00294b.jpg

地元の方から、植栗家の墓石がありましたという事で、少し登ると。

DSC00271b.jpg

「襄と八重の上州」の年表によると、
八重群馬来訪(2回目) 明治21年(1888)42歳
8月13日京都を出発した八重は、16日伊香保で静養中の襄と合流。
9月17日八重は新島家の養子、新島公義の実家(松井田国衙)へ行く。
     (新島公義の結納の件)  

同志社大学設立義捐金報告(明治22年湯浅治朗)には、小日向村 植栗
源次郎とあります。

DSC00272b.jpg

上記のように、新島公義の実家(植栗家)に新島八重が訪れた記録があ
るが、住所は「国衙」ではなく「小日向」の間違いだったのでしょうか?

家紋?栗?
DSC00274b.jpg
植栗家は「植栗城の植栗氏」と関係あるのでしょうか?

長龍寺
安中市松井田町小日向612 Tel:027-393-2490

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