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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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木曽義仲
10月15日は津雲神社の秋の例祭。

上原神主の祝詞奏上、役員の玉串奉納がありました。

合祀されている朝日神社の木曽義仲の木像が話題になり、神主の手で間近
まで持ってきていただきしばし眺めることが出来ました。
胴に義仲の家紋「笹竜胆」があります。

安中市の方と富岡市の「木曽義仲史学会」の方が見せてほしいと来られた
そうです。
多くの方が鑑賞して、歴史に関心を持ってほしいです。

DCIM0074b.jpg

津雲神社の祭神は、天神様といわれた菅原道真。
木版摺り?の掛け軸がありました。

DCIM0077b.jpg

天満宮 (増田の天神様)

「安中志」には、古は下増田両村(上村・下村)、上増田、土塩、新井、
高梨子、国衙合わせて七ヵ村の総鎮守なりし由、今は下増田両村のみ
の鎮守とすとある。
いつここに鎮座したかは定かでないが、六百数十年前に別当として天神
坊覚性寺が開山されているから、それ以前だろう。
 
 明治の初め、細野・九十九の村民総出で増田山から樫・欅の大木を切
り出し、立派な社殿(本殿・神楽殿・拝殿)を改築し、当時飛騨の名工
により彫刻等も素晴らしい出来ばえだったそうだが、明治36・37年の放
火で灰燼と化した。
この時祭神の菅原道真公の木造も焼け、左甚五郎作といわれた彫刻も焼
失した。
その後国衙の「朝日神社」と合併し、「津雲神社」となった。
(九十九史考より・小板橋良平作)
追記 「下増田まつり」で良い写真が撮れました。(10/27)

DSC05626b.jpg

DSC05630b.jpg
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