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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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碓氷峠下り②
中山道・碓氷峠下り② (11/3日)    

碓氷川水源地、碓氷峠下りはいつもここから。

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人馬施工所跡

笹沢を渡り振り返った辺り。
文政11年、江戸呉服の与兵衛が安中藩から間口17間、奥行20間を
借りて人馬が休む家を作った。

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化粧水跡

峠町へ登る旅人が、この水で姿、形を直した水場という。
峠の賑わいと熊野神社参拝に姿を正したか?

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陣場が原 (案内板)

太平記に新田方と足利方の「うすい峠の合戦」が記され、戦国時代、
武田方と上杉方の「うすい峠合戦記」がある。

笹沢から子持山(標高1110m)の間は萱野原で、ここが古戦場といわれる。
子持山の麓で、思婦石のところから別れた巡幸道路と合流する。

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一つ家跡

ここには老婆がいて、旅人を苦しめたという。(案内板より)

怖い話には老婆が多いという会話が耳に。具体的な話はないが。

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山中坂を降りて山中茶屋で昼食・休憩。
 続きは、碓氷峠下り③へ
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