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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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泉岳寺
赤穂事件②

勝どきの声をあげ、吉良邸の裏門をでた47人の赤穂浪士は、きら上野介の
首を間重治郎の持つ槍の先に掲げ、浅野内匠頭の墓がある泉岳寺向かった。
4時間ほどかかり、泉岳寺に到着したのは辰の下刻(15日午前8時半過ぎ)。
            (すみだ歴史読本 墨田区観光協会より)

地下鉄泉岳寺駅の階段を上り地上に出ると、交差点は人の波。(12/14)
信号が変わっても動きません。
近くの人に聞くと通常は2時半だが今年は4時半とのこと。

待っていれば判るかなと、ひとしきり待つと遠くから行列が。
                   (デジカメの電池切れで携帯で)

DCIM0122b.jpg

槍の先には白い包みが下がっています。一路泉岳寺へ。

DCIM0123b.jpg

四十七士と共に人波が歩道を歩き、後に続いて泉岳寺へ入っていきます。

DCIM0134b.jpg

事件は、翌元禄16年2月4日、預かり置かれた4邸の屋敷で執行された
浪士の切腹で幕引きとなった。

早くも12日後の2月16日には、芝居「曙夜討曽我」が上演され、浄瑠璃・
歌舞伎でも演じられ、「赤穂事件」から「忠臣蔵」となり脚色されて行った。

発端となった殿中での刃傷事件は、いまだに多くの謎が残っているという。
             (すみだ歴史読本 墨田区観光協会より)

DCIM0138b.jpg

DCIM0135b.jpg

墓所の方から読経がかすかに。終わると止まっていた人波が動き出しました。
階段規制で少しづつ進みます。

DCIM0153b.jpg

線香一束百円を手に行列がソロソロと。

DCIM0158b.jpg

寒さに長時間さらされると、甘酒は嬉しいですね。

DCIM0160b.jpg

出店で饅頭を買ってみやげに。播州赤穂三島屋本店の「塩味饅頭」でした。

泉岳寺
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