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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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風立ちぬ原画展
風立ちぬ原画展を観賞。

藤岡市みかぼみらい館で、藤岡市制施行60周年記念事業として開催。 
4/26(土)~5/11(日)

DSC09510b_20140505151254382.jpg

DSC09504b.jpg

ロビーには「風立ちぬ」の予告編が流れていました。
透明感がそのまま、清らかな空気を感じさせてくれます。

DSC09513b_20140505151257dec.jpg

上映時には映写機を止めたくなるような、素晴らしい大画面の景色の連続。

大空を自由に飛ぶ楽しさ、平和と命の大切さを味わった映画でした。

原画を見ると、1枚1枚の完成度に感嘆!情熱と命がけの作業かと思われ
ます。

DSC00500b.jpg

DSC09520b.jpg

駐車場の隅に、関孝和の案内。

DSC09521b.jpg

DSC09524b.jpg

上毛かるたの、和算の大家関孝和。
板鼻の、小野栄重を思い出しました。
世界に先駆けた数学研究の礎があったから、優秀な設計・製造者が排出
されたのでしょうか。

DSC00509b.jpg

DSC09527b.jpg

DSC09528b.jpg クリックして拡大

DSC09531b.jpg

ふじまつり(第16回)4/26(土)~5/11(日)
会場 ふじの咲く丘ふじふれあい館 9時~20時

堀越二郎もこの丘に登り、この風を感じていたのだろうか?

DSC09538b.jpg

庚申山(189m)には、ハイキングコースもあるという、次回歩いてみたい。

DSC09539c.jpg

DSC09542b.jpg

藤岡市みかぼみらい館 藤岡市藤岡2728 Tel:0274-22-5510

「和算の大家」 関孝和(たかかず) 
                   生保2年(1645)~宝永5年(1708)10月24日
                   江戸(東京)出身
「上毛かるた」で詠まれているので群馬出身かと思いきや、江戸ということです。

関の実父は、内山永明。内山氏、そして養子に入った関氏は、ともに武田氏の
遺臣、芦田氏の「芦田50騎」に属する。

芦田氏は天正18年(1590)上州藤岡に3万石を賜った後、寛永4年(1627)に
駿河大納言忠長に仕えて駿府に移った。
その後、忠長が高崎に幽閉の身にとなったことをきっかけに再び、寛永9年(1632)、
上州に移住している。
これに伴って内山氏も藤岡に移った。
永明は、寛永16年(1639)、江戸城のご天守番として徳川家に出仕、江戸に出
ている。
後に関が仕える甲府藩関係の資料によると、関の生まれは生保2年(1645)と
なる。

江戸で生まれた関は、20歳のころ関十郎衛門の養子に入り、寛文5年(1665),
養父の死去に伴い、家督を継いだ。
関は甲府藩士として、徳川綱重・綱豊に仕えた。関は、勘定方の中堅ポストに
就き、数学者らしくそろばん勘定が日常業務だった。
宝永元年(1704)には、5代将軍綱吉の世嗣となった綱豊に従って幕臣となり、
西の丸御納戸組頭として勤務した。
この職務は、将軍家の財産管理を司る管理職だった。
                   (PR誌中の群馬の偉人伝⑦より一部抜粋)
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