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足跡を一つ二つ・・・歩いて行くと残ります・・・
目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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簗瀬城
簗瀬城跡が、城山稲荷神社になっているというので行って見ることに。

原市の旧碓氷社の南を西に曲がると、土塁の登り口に「簗瀬城址」の案内板
があります。

左(東面)の道路は堀の跡のようです。

DSC00785b.jpg

DSC00787c.jpg

右(北面)を見ると、堀がありさらに土塁が二重になっています。

DSC00786b.jpg

案内板の「虎口」から入ると、城山稲荷神社の社の横に立つので裏口から入った
感があります。

DSC00789b_2014070900142838b.jpg

境内に芭蕉の句碑がありました。

  このあたり 眼に見ゆる物 皆すずし  芭蕉

この地で詠んだ句ではないとの事ですが、南方の眼下に碓氷川を望み群青の
山並みを見れば、清涼感を感ずること句のごとしでしょうか。

碑の左下に刻してあるのは、磯部の庭造師(~明治30年没72歳)の句
  我おもふ 程には伸びぬ 柳かな     遠藤鶴池(つるいけ)
                (中仙道の詩歌を鑑賞~淡路先生講義より)
 
DSC00790b_201407090014305d8.jpg

碓氷川に続く南面は崖で天然の要害となり、北1Kmにある安中氏の榎下(えげ)城
の守りにとって重要な砦といえます。
榎下城の虎口が簗瀬城に隣接して、結ばれています。

戦国時代、武田信玄が安中城と松井田城を分断するため、ここから西300mの
八幡平に陣屋を構えたといわれるのもうなずけます。

碓氷川を渡河して台地上まで登るルートが限られていたということで、戦略的
立地に恵まれた場所だったのでしょう。

DSC00812b_20140709001709a1c.jpg

西面の堀も道路に、さらに東西に郭があったようです。

DSC00800c.jpg

城山稲荷神社の入口を登ると。

DSC00803c.jpg

簗瀬城の主郭に神社本殿が建っています。

DSC00805b.jpg

見上げる高さの燈籠。

DSC00807c.jpg

簗瀬城(原市城)

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