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目に止めた景色・古道散歩・昔ばなし・草木染め・などつれづれに綴ります.
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一枚のハガキ
映画「一枚のハガキ」 新藤兼人 監督作品の思い出

この作品は監督自身の現体験を映像化したものです。
エキストラ募集の「映画の概要」は以下のようでした。
 
 新藤と同時に召集された100名のうち、生き残ったのは6名だけでした。
 この戦争の過酷な現実を背負い生きてきた新藤だからこそ描けるドラマ、それ
 が「一枚のハガキ」です。
 新藤が映画人生の最後に選んだ作品「一枚のハガキ」は、平和への願いをこめ
 た、次代への遺言です。

最初見送りましたが、人数が足りないようなので応募しました。

DSC03149b.jpg

2010年6月26日(土)~27日(日) 富岡製糸工場にて。

夜の出発・行軍シーンは日没後。ザッ ザッ と足音だけが夜空に吸い込まれて
いく。列の中に入れば逃れられない軍国の世を想う。

100名の兵達のお別れの会は講堂で撮影、初めに車いすの監督が全員の前で挨拶。
「影を慕いて」のギター生演奏は「OK!」まで何度も鑑賞。

エキストラの悲哀で完成作品には、映っていませんでした。
Tシャツと良い思い出だけが残りました。

DSC03152b.jpg

1912年(明治45年)4月22日生まれ 本名 新藤兼登(かねと)
2012年(平成24年)5月29日永眠 100歳  合掌



作品リストを見ていたら、1960年「路傍の石」監督:久松静児が目に。
脚本が新藤兼人。中学生?今はない町の映画館で見たことを思い出しました。



☆エキストラ募集中のおしらせ☆

原作:石井光太郎著「遺体 震災 津波の果てに」(新潮社刊)
釜石市であった実際のストーリーを映画化します。

撮影日:5月29日(火)~6月27日(水)の内20日程度
場 所:高崎市倉渕内

応募方法
TFC 高崎フィルム・コミッション事務局(高崎市役所観光課内)へ
http://www.takasaki-film.jp/

電話で申し込みの方は、安中市観光課・安中市商工会に案内チラシが
あります。


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コメント
☆エキストラ
ちょっと哀しいけど、貴重な体験をされましたね。
興味があっても、実際にはなかなか参加できない
ものですが、染太郎さんの実行力に拍手です^^。
[2012/06/02 16:58] URL | 風子 #- [ 編集 ]

一枚のハガキ
風子様
友達に誘われて「沈まぬ太陽」にエキストラ参加したのが最初です。群馬で撮影する作品は特に応援したいですね。
ぜひ映画館でご鑑賞ください。
[2012/06/02 19:11] URL | 染太郎 #- [ 編集 ]


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